配偶者居住権という制度をご存じでしょうか?ご夫婦のどちらかが亡くなった場合に、配偶者の居住権を確保するために生まれた制度です。
この記事では、この制度の概要やメリット・デメリットを解説します。
配偶者居住権とはどのような制度?
配偶者居住権とは、夫婦のどちらかが亡くなり、被相続人(亡くなった人)が所有していた建物に、遺された配偶者が亡くなるまで、または一定期間、無償で居住できる権利です。
約40年ぶりの民法改正によって、令和2年4月1日に施行されました。
配偶者居住権が作られた背景とは?
旧民法では、「非嫡出子の法定相続分は嫡出子の1/2」と定められていました。しかし、平成25年に最高裁が「非摘出子の相続分を嫡出子の相続分と同等にする」という判決を下しました。
これにより、非嫡出子の相続分が増えたことで、配偶者が住む場所や生活に必要な財産を失う事例が増えました。このような事態から配偶者を守るために「配偶者居住権」が生まれました。
例えば、2,000万円の住宅と500万円の預貯金を残してA夫さんが亡くなりました。そして、配偶者のB子さんと不倫相手の子供であるC子さんが相続人です。
法定相続分どおり1/2ずつ財産を分配するには、B子さんは住宅を売却するしか方法がありません。これでは、B子さんは住む場所を失ってしまいます。このような場合に配偶者を守るため、配偶者居住権の制度が設けられました。
配偶者居住権の概要
配偶者居住権のポイントは、建物の価値を「所有権」と「居住権」に分けて考える点です。
配偶者は「居住権」を取得することで、一定の要件のもと、引き続き建物に住むことができます。そして、子供などの相続人には「所有権」が設定されます。
居住権の期間は自由に設定ができ、何も決めなければ自動的に配偶者が亡くなるまでです。期間を決めるなら最低1日から設定でき、配偶者や所有権を持った相続人との話し合いで決められます。
配偶者居住権の要件とは?
居住権を得るには、下記の要件が必要です。
- 配偶者であること
- 被相続人が所有していた建物に住んでいたこと
- 遺産分割、遺贈、死因贈与、裁判所の審判で取得したこと
それぞれ、詳しく解説していきます。
要件①配偶者であること
第1の要件として必須なのが、被相続人の「配偶者であること」です。
これは、戸籍上の配偶者でなければなりません。内縁の妻や婚約者、子供、親には認められません。また、相続開始前に離婚していた場合も認められません。あくまで相続開始の時点で戸籍上の配偶者であることが要件です。
要件②被相続人が所有していた建物に住んでいたこと
第2の要件として、配偶者が被相続人所有の建物に住んでいたことです。建物が、被相続人もしくは、配偶者との共同所有であることが前提です。被相続人とその子供の共同所有などの場合は認められません。
また、「住んでいた」という定義にも注意が必要です。生活の本拠地としていたことが前提で、別の家で生活していた場合は認められません。
要件③遺産分割、遺贈、死因贈与、裁判所の審判で取得したこと
第3の要件として、「遺産分割」「遺贈」「死因贈与」「裁判所の審判」によって配偶者居住権を取得したことです。配偶者居住権は自動的に認められるものではなく、これらの手続きによって得ることができます。
遺産分割とは
相続人同士の話し合い(遺産分割協議)によって権利を取得できます。
遺贈とは
被相続人は遺言書によって、配偶者に居住権を贈与することができます。この時に、贈与する側とされる側との間に契約はいりません。遺言書において一方的に贈与することが可能です。
死因贈与とは
被相続人が生前に配偶者と「死因贈与契約」を結ぶことで、権利を取得できます。
裁判所での判決
遺産分割協議がまとまらず、他の相続人との折り合いが付かない場合は、裁判所での決着を試みます。
配偶者居住権は登記が必要
居住権を行使するには、不動産登記が必要です。
配偶者居住権を認められても、登記をしていなければ効力がありません。登記を怠ってしまうと、第三者と権利関係のトラブルに発展する可能性がありますので、権利取得後は速やかに登記をしましょう。
なお、配偶者居住権における不動産登記は、敷地となっている土地は対象外で建物だけに登記されます。また、登記は居住権を持つ配偶者と建物の所有者との共同申請が原則です。
配偶者居住権のメリット
配偶者居住権を得ることで、どのようなメリットが得られるでしょうか。以下で詳しく解説します。
生活費に困らず住み続けることができる
配偶者居住権を得られれば、住み慣れた場所で生活を続けられます。また、家賃等が発生しないため、生活資金が確保しやすく経済的にも安心です。
また「所有権」を持っている人が、第三者に建物を売却しても、登記をしていれば「居住権」の効力を失うことはありませんので、所有者が変わっても住み続けられます。
不動産以外の財産も相続できる可能性がある
「所有権」と「居住権」が分けられたことで、配偶者は不動産以外の財産(預貯金など)を相続できる可能性があります。
例えば、1,000万円の住宅と1,000万円の預貯金を残してD夫さんが亡くなりました。そして、配偶者のE子さんと子供であるF子さんが相続人です。
この財産を法定相続分通り、1/2ずつ相続したとします。E子さんが住宅を相続すると、住む場所は確保できますが、生活費に充てるお金が無くなります。これでは今後の生活が困窮してしまうかも知れません。
そこで、配偶者居住権を利用することで、住宅の権利を分離し、居住権をE子さんが、所有権をF子さんが取得します。これなら、E子さんは預貯金も相続できるため、住む場所と生活費の両方を確保できます。
配偶者居住権のデメリット
配偶者居住権を得ることで、どのようなデメリットがあるのでしょうか。以下で詳しく解説します。
配偶者居住権は譲渡・売却できない
配偶者居住権は、あくまで「住む権利」ですので、配偶者が自宅を譲渡・売却することはできません。介護施設や老人ホームへの入居などで居住しなくなっても、住宅を売却することができません。
ただし、建物の所有権を持つ人には、譲渡・売却が可能です。所有者は居住権を買い取ることで、不動産を自由に扱えるようになります。
所有者の税負担が大きい
通常、固定資産税は所有者に課税されます。
しかし、配偶者居住権を得た配偶者には、「建物にかかる必要費を負担する必要がある」とされているため、所有者が一旦、建物に課税された固定資産税を立替え、配偶者に請求することができます。
ただし、これは建物に対しての固定資産税です。土地に対する固定資産税は所有者が負担します。
そのため、所有者は自身が居住していない土地の固定資産税を納めなければなりません。また、配偶者が介護施設や老人ホームへの入居によって、居住権を生前放棄(消滅)した場合は、所有者に「贈与税」が課税されます。
配偶者居住権の設定が複雑
「配偶者居住権」の設定はとても複雑です。
制度自体が複雑な仕組みになっているため、法律の知識のない人が安易に利用してしまうと、トラブルに発展する可能性があります。困ったときは法律の専門家に相談した方が良いでしょう。
配偶者居住権を設定する・しないは自由
配偶者居住権は必ず設定しなくてはいけない、というわけではありません。被相続人が所有していた自宅を子供さんが相続した後に、配偶者がそのまま住み続けているケースはよくあります。
そのため、「いざというときの選択肢」として考えておきましょう。例えば、不動産以外の相続財産が無く、住宅の売却を余儀なくされるといった場合です。これでは配偶者が住む場所を失ってしまいます。
相続人同士の関係が複雑だったり、不仲だったりした場合の手段として考えておきましょう。
配偶者居住権を設定する流れ
配偶者居住権を設定する流れは以下の通りです。
- 遺贈または遺産分割協議などで配偶者居住権を取得
- 一定期間か終身かを決める
- 法務局で設定登記
※配偶者の転居や死亡などの理由で抹消する場合は、法務局で抹消登記をします。
遺言書で配偶者居住権について記しておく
トラブルを避けるために、配偶者居住権に関する内容を記載した遺言書を遺しておくことが重要です。
遺言書に配偶者居住権を遺贈する旨や、遺言執行者を定めておけば、登記手続きを遺言執行者が代わりに行うことができるため、配偶者の負担も減ります。
配偶者居住権の死因贈与契約をしておく
死因贈与契約とは、被相続人が相続人と「配偶者居住権を取得させる」旨の契約を結ぶことです。被相続人の生前に結べる契約で、効力は亡くなった後に発生します。
また、「始期付配偶者居住権設定仮登記」を被相続人が生前に行うこともできます。この死因贈与契約と仮登記によって、配偶者居住権の設定を円滑に進めることができます。
所有者から共同申請の協力が得られない場合は裁判手続きも
配偶者居住権の登記は、原則として配偶者と所有者の共同申請が必要です。
しかし、両者間にトラブルが生じ、登記ができそうにない場合は、配偶者は裁判手続きによって、登記申請を単独で行うことができます。
まとめ
配偶者居住権とは、夫婦のどちらかがが亡くなった後も、配偶者が安心して自宅に住み続けられる制度です。
権利を行使するには、婚姻関係であること、居住していた建物であること、遺産分割や遺贈などで権利を取得していることが要件です。さらに、登記も行わなくてはいけません。相続人同士の不仲やトラブルによって、複雑な道のりになることもあります。
2020年に施行されたばかりの法律で、まだまだ分からないことも多いでしょう。相続や登記でお困りでしたらアヴァンス法務事務所にご相談ください。